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広島高等裁判所 昭和25年(ツ)1号 判決

上告人 控訴人・申立人 森本光則

訴訟代理人 植木昇

被上告人 被控訴人・被申立人 森本瀧正

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

本件上告理由は別紙上告理由書記載の通りであるから、これに対し左の通り判断する。

民事訴訟法第七百五十九条の所謂特別事情ありとするには、仮処分により保全せらるべき権利が金銭的補償を得ることによりその終局の目的を達し得べき事情の存する一事を以て足るも、保全せらるべき権利に代えるに金銭を以てするも債権者を満足せしむることができぬものと認むる事情があるときは、所謂特別事情ありとはいいえないことは夙に判例の示すところであつて、被上告人は本件宅地は被上告人の所有であるに拘らず上告人は恣にこれを他に売却せんとしているので、本案判決執行保全のため上告人に対し、「右宅地に付き売買等その他不動産の負担となるべき登記をしてはならない」との旨の仮処分決定を得た事実は原審の確定したところである。而して凡そ仮処分により保全せらるべき権利が金銭的補償を得ることによりその終局の目的を達し得るべきものとして仮処分取消を許すべき特別事情ありとなすべきや否やは本案請求の内容、当該仮処分の目的等諸般の情況に考え、社会通念に従い客観的に考察して判断すべきものであつて(大審院昭和十八年(オ)第四百五号同年十月九日判決)、原判決は措辞簡に失するもこれを要するに原判示の如き事情ある以上本件仮処分により保全せらるべき被上告人の権利に代えるには金銭的補償を以てするも到底被上告人を満足せしむることはできない旨を判示し、この事情ある以上は民事訴訟法第七百五十九条の所謂特別事情ありとすることはできぬと判断し上告人の本件仮処分取消申立を排斥したものであることは原判文上これを看取するに難くない。而して原判文の如き事情があるときは被上告人が仮処分により保全せんとする権利は結局金銭的賠償を得ることのみによつてはその終局の目的を達することを得ないものと認むるを相当とするから原判決は結局正当である。所論は原判文を正解せず独自の見解に基き原判決を論難するに帰し採用し難い。

よつて民事訴訟法第四百一条、第九十五条、第八十九条に則り主文の通り判決する。

(裁判長裁判官 小山慶作 裁判官 土田吾郎 裁判官 宮田信夫)

代理人植木昇上告理由

原審判決(第二審判決以下同じ)は其判示理由に於て「……按ずるのに仮処分によつて保全せらるべき権利が金銭的補償を得るに依つてその終局の目的を達し得る場合は即ち民事訴訟法第七百五十九条に所謂特別の事情あるときに該るものと解すべきことは控訴人主張の通りである。然し本件は係争物件が本案訴訟に於てその所有権の帰属の確定前にその名義人である控訴人により任意に処分し登記せられるときは、被控訴人はその所有権を喪失して後日之が回復をすることのできない事態に立至ることあるため、被控訴人の申請に基いて前記の如き仮処分をしたものであるから、本件仮処分によつて保全せられる権利が金銭的補償を得ることによつてその終局の目的を達し得るものと言うを得ない。蓋し特定の不動産の如きはその所有者が之を転売の目的で取得したとか近く他に売却すべきものである等特段の事情がない限り之を金銭に代えて権利者の満足を得べきものと謂い難いものであることは明であろうからである…………然らば本件仮処分については特別事情あるものとし難いから特別事情あることを主張しその取消を求むる控訴人の主張は之を採用することができない」と判示した。然しながら、原審判決は明かに上告人が第一審口頭弁論以来主張援用に係る大審院判例並に最高裁判所判例の判示趣旨に反するものである。右判例は其仮処分により保全せられる係争物件が特定物であるか不特定物であるかによつて判示趣旨を異にするものではなく、要は右物件が補填不能乃至算定不能のものでない限り金銭的補償により終局の目的を達し得るものとするのであつて斯る場合は保証を立てること自体が特別事情に該当し他の何等の事由についても判断をするを要しないとするものである原審判決は右大審院並に最高裁判所の判例が「他の何等の事由についても判断をするを要しない」とする事由に該当するものに付「本件仮処分物件が特定である以上所有者に於て転売の目的で之を取得したとか近く他に売却すべきものである等特段の事情がない限り金銭に代えて権利者の満足を得るものとは言い難い」と判断したことは前記判例の趣旨に反すると共に民事訴訟法第七百五十九条の解釈適用につき不当に当事者の意思を忖度し若くは理論の飛躍あるものと謂うべきであつて失当と謂わねばならない。

依て原審判決は上級裁判所の判断に違反し法令の解釈を誤り当事者の意思を不当に解釈し理論の飛躍を敢てした違法のものである。

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